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「同情するなら金をくれ」というフレーズが有名になったのは「家なき子」というテレビドラマでした。



実は「家なき子」は見てないのですが、主人公は不幸な生い立ちなのでしょう。

幼い頃に周囲からの豊かな無償の愛情を受けてこなかったので、成長してからも他人の愛情を受けることができません。見返りを求められていると感じるかもしれません。

相手が共感を示したとしても、それを同情と受け取るかもしれません。

ここで、共感とは相手の境遇を自分の境遇のように感じることです。相手が苦しがっていると、自分も苦しくなるような場合です。

同情とは、自分の立場から相手を判断する(可哀そうにとか)ようなニュアンスです。自分が優位に立っているように受け取られるかもしれません。同情する側がなんらかの自己満足を覚えているかもしれません。

「同情するなら金をくれ」の言葉は、他人が示す共感を信じることができず、そこに相手の自己満足を見てしまうということにも起因するではないでしょうか。さげすまれているように感じてしまうのです。

そんな同情ならいらないから、金をくれということでしょう。

もちろん苦境にいる人にとって必要なのは、まずその前提としてその状況をしっかり分ってもらうこと(=共感)です。それを前提とした上で、その苦境から脱出する具体的な指針や援助(=金など)が必要となるのだと思います。

もっとも、女性の場合は、ただただ苦しい立場を聞いてほしいということがとても多いです。辛い気持をわかってくれるだけでいい場合がほとんどのような気がします。

もちろん、そんなアドバイスは他人から聞くまでもなくわかっているのでしょうから(「そんな男とは別れた方がいい、とか、絶対にお金は渡さない方がいいとかです)。

頭ではわかっていても、その通りには行動できないのですが。


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2011.09.04 / Top↑
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