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年齢とともに、一年がたつのが早く感じますよね。今回はそんな話です。


トケイ

20年以上前のことです。中央高速下り線の相模湖付近で車をスピンさせました。いやいや恥ずかしいことです。まだまだ若かったんですね。

その時のことは鮮明に覚えています。時間の流れがすごくゆっくりになりました。このままだとあそこの角にぶつかるな、そうすると死んじゃうかもしれないな。とか、これまでの僕の人生はどうだったかな、などとじっくり考えることができるくらい。走馬灯というほどではありませんでしたが。不思議なことにその時には恐怖感はゼロでした。

で、リアからガードレールに激突しました。ふっと気付くと、道路にはもげたタイヤが転がっていて、目の前ではワイパーがカチカチと動き、ボンネットからは水蒸気が噴き出していました。幸いなことにかすり傷一つありませんでした。

そこから急にフィルムが早回しになりました。しばらくしてから体がガタガタと震えてきました。

ジカン

主観的な時間の感覚は、こんな風に状況によって著しく変わります。

これに関してはさまざまな仮説があります。その一つに、年齢とともに脳が情報を処理する速度が遅くなるので、相対的に時間が早く過ぎるように感じるという説があります。これはわかりやすい説ですね。

山口大学の時間学研究所の井上愼一さんの説はもうちょっと複雑です。

それはこうです。

海馬に新しく振り分けられる記憶の内容が多いと、時間が遅くなるという説です。またその内容が新奇なものであればあるほど、遅くなると言います。処理する情報の量も、質も関係するということです。

海馬は、短期の記憶を長期の記憶に変換するところです。一過性の記憶を、しっかりとした後々まで残る記憶にするわけです。おそらく新しいデータだと変換して格納するのに時間がかかるのでしょう。

バックトゥーザフューチャー

仮にアーリー・リタイアをしてのんびりと過ごすと、おそらくその後に人生はあっという間に過ぎてしまうかもしれません。

逆にいつまでもリスクを取り、新しいことに挑戦し続けると、人生は長くなることになります。

ですから、細く長い人生と、太く短い人生の長さは、主観的には変わらないかもしれません。

どっちがいいかは、考え方の違いだと思います。

僕は一応、98歳まで生きることにしていますが。

(少し付け加えます。海馬は数ヶ月とか1年とか長い時間の感覚に関係しています。一日の時間の体内時計は視床下部にあります。こちらに関しては詳しことがわかっています)

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2011.06.08 / Top↑
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